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  • 2002年10月2日 ➂

    お世話になりました  ~最初から最後まで、お言葉に甘えまくる~

     コンサートが終わって楽屋口に向かうと、最初に岸さんを呼んでくれたお兄さんが立っていて、またもや岸さんを呼んでくれました。「はい、どうぞ~」と言われて入っていくと、岸さんはロッカーから預かってくれていた紙袋を出し、「はい、じゃあ、これ(クトロヴァッツ兄弟に)渡してあげて」と、私に返してくれたのです。
     だけど、頭真っ白の私。目の前に岸さんはいるし、その後ろにはクトロヴァッツ兄弟がいるし、さっきまでのピアノ演奏に圧倒されていたしで、日本語も英語も、ましてやドイツ語も出てこなかったのでした。
     唐突に、しかも日本語で「どうぞ…」と兄弟に土産を押し付ける私。ちなみに、土産は自作の漆器でした。それを渡したまま固まっている私の代わりに、岸さんは英語で「それは彼女の作った物で…」とか「漆器は日本の伝統工芸で…」などなど説明してくれたのでした。申し訳ないやら、岸さんの英語が聞けて嬉しいやら…(涙)

     その後、「そうだ、さっきの演奏の感想を言わなくちゃ…」と思いつつ、感じたことをどう表現していいのか分からなかった私は、ありきたりな台詞を吐いてしまったような気がします。それもやっぱり日本語で。本当に何にも言葉が浮かんでこないので、「いいや、日本語で。とりあえず、何か喋っておかないと…」と開き直ったんです。それを、岸さんは すかさず通訳してくれました(感謝)

     岸さんはメールで、今回はコンサートに同道して、舞台に関するいろんな仕事をされると教えてくれていたのですが、立ち話や、荷物預かりや、通訳や…いろんな雑用を増やしてしまったのは私です。いろいろお世話になりました。

     最後に兄弟は、こんなボロボロの状態の私と握手してくれたのでした。それを機に、そろそろ辞そうと挨拶する隙を窺う私。
     だけど、そんな時間はなかったのです。コンサート後のCD販売と、それに合わせたサイン会の時間が押していたからです。
     結局、「それじゃ、一緒に行きましょう~」という岸さんの言葉と、エドワードさんの笑顔の手招きに甘えて、「いいんですか? スミマセン」と、消え入りたい気持ちで付いて行くことになったのでした。

     ロビーで岸さんは、サインをするクトロヴァッツ兄弟の後ろに立たれ、お客さんからの感想を通訳されていました。それよりさらに後ろに立って、それを眺めていた私は、他のお客さんから見ると、「あんた何者?」という状態だったことでしょう。いや~、我ながら、成り行き上とはいえ、なんだか場違いな気はしたんですよ。

     でも、サイン待ちの状況が落ち着くと、岸さんは再び私のお相手をしてくれたのです。おかげで、スタッフの中に一人入りこんでいたとはいえ、全然気まずさを感じなくてすみました。
     そして、お話する時間ができたことで、今日のプログラムがレパートリーとしては新しい曲ばかりだったという裏話や、今回売られている中で お薦めのCDは青いベスト盤だということもうかがうことができました。
     さらには、「ステージ101」関連の話題も出すことができました。「思い出のメロディー」レギュラー化作戦の話、ワカさんのサイトの話、「涙をこえて」本の話、津島さんにだけ連絡つかないらしいという話、などなど…。

     あのときは、ヤング101としての活動に参加されるかどうかは「どうかなあ…」というお返事だったし、津島さんのことは さとさんに訊いてみようかと仰っていたんでしたっけ…。それから1年ちょっと経った今、あのとき岸さんに尋ねたことの答えは、いろんな形で返していただけたと感じています。

     そうこうしているうちに、ロビーにサインを求めるお客がいなくなり、最後にパンフレットを持った小学生の女の子が3人残りました。買ったCDにサインをするというルールになっていたようなのですが、女の子達はパンフレットにしてもらおうと、今まで順番を待っていたみたいでした。小学生のお小遣いじゃ、CDはちょっと高いですよね。でも、ルール通りだと、彼女たちはサインがもらえないわけです。
     すると、岸さんはCD売り場に寄って行って在庫を確認されました。そしてホールのスタッフに、「もう、残ってないんでしょ。だったらいいよ」と。さらに、女の子達に、「いーよ、いーよ、行っちゃえ。書いてもらっちゃえ」って、優しい口調で仰ったのです。それを聞いていた全員の気持ちが和んだことは言うまでもありません。ステキな岸さん発見…と、記憶に焼き付けてまいりました。
     その後、ホールのかたがコンサートのポスターにサインを入れてもらっていました。(このポスターは今でも、エスパスホール・ロビーの壁に飾られています)

     お客が全員ロビーからいなくなると、兄弟&スタッフ全員での写真撮影が始まりました。岸さんは「は~い、私が撮りましょうか~。押せばいいだけにしておいて下さいよ~」と、カメラをふたつ預かると、ズームの調節を始めました。本当はここで、私が撮るから岸さんも写真に入ってくださいと言いたかったんですが、口を挟む勇気がありませんでした。
     そして岸さんは、ポケット・カメラのフラッシュがつかなかったり、フィルム巻き上げを忘れたりで、何度も撮り直しするはめに。自嘲されつつ、ウンウンと頷きながらスタッフたちの笑いを誘ってました。
     ロビーでの撮影が終わると、今度はホール内で撮影しようということになり、みなさん、移動されていきました。
     そこでようやく私は、ロビーに残られた岸さんに「それじゃ、私はここらへんで…」と言い出せたのです。心境的には、このまま金魚のフンのようにコンサートツアーに付いて回ってしまいたいような気分だったんですが。
     そして「ありがとう」、「お疲れさま」、「失礼します」の応酬の後、またもや岸さんから、一番最初と同じく深々と丁寧なお辞儀をされてしまい、最後まで感激するやら恐縮するやら…。
     幸せいっぱいな気持ちで帰途についたせいか、どこをどう車で走って帰ってきたのか分からないほどでありました。


     かなり前のことを思い出しつつ書いたのですが、記憶の怪しいところは無いと断言しておきます。それよりも、思い出しすぎて、ついそれに浸ってしまい、なかなか書く手が進みませんでした。
     あらためて思い出してみると、本能の赴くままに押しかけておいて、好意に甘えるだけ甘えて帰ってきた…と、そういう話のような気がします(恥)
     ご家族のことをお話されているときの優しい笑顔とか、内緒の話をするときのいたずらっぽい笑顔とか、私の頭の中の画像を再生できたら、もっと魅力が伝わるのに…と、ちょっと残念に思います。